運べない燃料だった天然ガス — 木の管からLNG船までの200年

石炭は袋に詰めれば運べたし、石油は樽に入れれば売り物になった。天然ガスだけは違う。閉じ込める容れ物がなければ、それはただ地面から漏れる見えない気体にすぎない。採れることと売れることのあいだに「運ぶ」という難問が横たわる燃料——それが天然ガスだ。本稿では新しく公開した国別天然ガス生産量の推移(1900〜2025年)を軸に、エネルギー分野のランキングを横断しながら、この扱いにくい燃料が世界第2級のエネルギー源に育つまでの200年を読み解く。

大陸を横断するパイプラインの光の筋と、海を渡るLNG船の航路を描いた世界地図の水彩とインクのイラスト

木の管と、臭いのない爆発

商業利用の始まりは素朴だった。1825年、米ニューヨーク州フリードニアで銃工ウィリアム・ハートが深さ8メートルほどの井戸を手で掘り、木をくり抜いてタールと布で継いだ「管」で近くの商店や製粉所に明かりを灯した。以後1世紀近く、ガスは井戸のすぐそばでしか使えない地場の燃料であり続ける。ランキングの1900年時点で値がゼロでない国が米国(73.84TWh)しかないのはデータの欠落ではなく、この産業がまだ産業になっていなかったことの記録だ。しかも運べるようになった後も、この燃料は扱いを誤れば牙をむいた。1937年3月18日、テキサス州ニューロンドンの学校で無臭のガスが床下にたまって爆発し、300人近い児童・教師が亡くなった。今日ガス漏れに「腐った卵の臭い」で気づけるのは、この事故を機に付臭剤メルカプタンの添加が法律で義務づけられたからである。見えず、臭わず、袋にも樽にも入らない——天然ガスの歴史は、この不便さとの闘いの歴史でもある。

船に乗ったガスが地図を描き替えた

転機は1964年10月12日に来た。アルジェリアのアルズーで液化したガスを、世界初の専用LNG船メタン・プリンセス号が英国カンベイ島へ届けたのだ。マイナス162度まで冷やして体積を約600分の1に縮めれば、パイプラインの届かない海の向こうへもガスを売れる——この発明が、資源はあるのに市場から遠かった国々の運命を変えた。象徴がカタールで、1990年に65TWh(24位)だった生産量は2025年に1,835TWh(6位)へと28倍化した。ペルシャ湾の半島国家がLNGという「船に乗るガス」で世界市場に直結した結果である。その最大の買い手が、生産の表には一度も登場しない日本だった。国内にほとんど資源を持たない日本は1969年にLNGの輸入を始め、以来半世紀にわたり世界最大の輸入国であり続けた(2021年に中国が逆転)。生産国のランキングに映らない国が市場を育てていた——輸入側から見ると、このチャートはまったく別の物語になる。もうひとつの転機は21世紀の米国に来た。頁岩(シェール)層からガスを取り出す技術が実用化し、2005年に4,894TWhまで沈んでいた米国の生産は2025年に10,737TWhへと2.19倍化、上位30か国合計の27.2%を占める首位に返り咲いた。編集部でチャートの年次を送りながら見ていて最も目を引くのはこの区間で、これほど急な立ち上がりは他のどの国にもない。同じ技術は石油にも波及し、国別石油生産量の推移でも米国は2010年の3,874TWhから2024年の9,977TWhへ急伸している。一方、北海ガス田の英国は1970年の109TWhから2000年に1,135TWhへ駆け上がり、2025年はピークの26%の299TWhまで下げた。石炭のランキングでは上位30か国に残れず表から消えた英国が、ガスでは盛衰の全過程を1本の線として残している。

19世紀の村の通りで、職人が木をくり抜いた管をつなぎ、商店の窓にガス灯の明かりがともる夕暮れを描いた水彩とインクのイラスト

表から消えた国、燃やされ続ける火

このランキングにオランダがいないことに気づいた読者は鋭い。1959年に発見されたフローニンゲンは欧州最大のガス田で、オランダは長く域内有数の生産国だった。しかし採掘が引き起こす地震が住宅を傷め続け、政府は2023年10月に採掘を停止、2024年には閉鎖を法律で確定させた。最新年の生産量で上位30か国を選ぶこの表から同国が消えたのは、資源の枯渇ではなく社会の選択の結果である。そして生産の現場では、いまも別の問題が燃えている。油田で石油の副産物として出る「随伴ガス」は、輸送手段がなければ商品にならないため、160年ものあいだ現場で燃やして捨てる(フレアリング)のが慣行だった。世界銀行が2015年に掲げた「Zero Routine Flaring by 2030」には世界のフレアリング量の約6割を占める35の政府が賛同したが、裏を返せば「運べないガス」の問題は200年たった今も解決しきっていない。主成分メタンはCO2より強力な温室効果ガスであり、漏れや燃焼の実態は国別メタン排出量の推移に表れる。石炭より排出の少ない「橋渡しの燃料」か、それとも脱炭素を遅らせる既得権か——天然ガスの200年の物語は、一次エネルギー消費再生可能エネルギー比率のチャートと並べて読むとき、まだ結末の書かれていない現在進行形の章に入る。

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出典: 生産量の数値は Our World in Data「Gas production by country」「Oil production by country」(一次エネルギー換算・CC BY 4.0)を当サイトが整形したランキングデータによる。フリードニアの最初の商業井戸とニューロンドンの学校爆発は American Oil & Gas Historical Society、初の商業LNG輸送はメタン・プリンセス号の運航記録、フローニンゲンガス田の閉鎖はオランダ政府の決定(2023〜2024年)、フレアリング削減の取り組みは世界銀行「Zero Routine Flaring by 2030」による。