日本の医師数は、半世紀にわたりほぼ一貫して増え続けてきた。それなのに「医師不足」という言葉は消えるどころか、外来の待ち時間や地域の診療所の閉院という形で、年々切実さを増している。この矛盾はどこから来るのか。本稿では新しく公開した独自算出ランキング都道府県別 高齢者10万人あたり医師数の推移(1975〜2022年)を軸に、医療と高齢化のランキングを横断して「増えても足りない」構造を読み解く。結論を先に言えば、答えは分子(医師)ではなく分母(高齢者)の側にあり、そしてその影響が最も濃く出るのは、意外にも地方ではなく首都圏の近郊だ。

絶対数で見れば、医師はどの県でも増えている
まず分子の側から確かめたい。都道府県別医師数の推移を再生すると、全47都道府県でバーは右へ伸び続けている。医学部定員の拡大(1970年代の新設ラッシュ、2008年以降の地域枠拡大)が効いて、医師の総数は増加の一途だ。ただし分布は偏っており、東京都の医師数は約4.5万人と全国の約14%を占め、この集中度は半世紀ほとんど動いていない。それでも「どの県も増えている」こと自体は疑いようがない。医師が減って足りなくなったのではない——ここがこの問題の出発点になる。なお、この医師数は医師法に基づき2年に1度届け出られる「医師・歯科医師・薬剤師統計」の集計で、全数調査ではなく届出ベースであること、総数が増えても産科・小児科など診療科ごとの偏りは別に残ることには留意がいる。
高齢者あたりに直すと、全県で減っている
次に分母の側を見る。65歳以上人口は1975年の約887万人から2022年には約3,624万人へ、半世紀で4倍に膨らんだ。この分母で医師数を割り直した編集部の独自算出高齢者10万人あたり医師数は、衝撃的なことに全47都道府県で低下している。東京は1975年の2,246人から2022年の1,517人へ、埼玉は1,313人から681人へ、千葉は1,315人から771人へとほぼ半減した。医師の増員ペースを、高齢化率の上昇ペースが半世紀にわたり上回り続けた結果だ。しかも2022年の下位5県は青森・岩手・新潟・秋田——そして埼玉。若い転入者を大量に受け入れた首都圏近郊は、その世代が一斉に年を取る局面で「医師不足の最前線」に変わる。医師不足を地方の問題と捉える通念は、分母を変えるだけで崩れてしまう。2022年の上位を見ても安泰ではない。東京(1,517人)・京都(1,201人)・沖縄(1,171人)・福岡(1,154人)という顔ぶれの数字自体が、1975年の東京の3分の2の水準にすぎないからだ。そんな中でほぼ唯一の例外が沖縄で、若い人口構造と本土復帰後の医療体制整備が重なり、1975年の844人から2000年に1,350人へと、全国が沈む中を逆走した。病床数が1990年代後半をピークに全国的な減少へ転じたことも併せると、「支える側」の伸びしろは着実に細くなっている。療養病床の介護施設への転換や在宅医療へのシフトが進むが、その在宅医療を担うのもまた医師だ。器を減らした分の受け皿は、結局のところ人に返ってくる。

世界の中の日本——量ではなく構造の問題
視点を世界に広げると、日本の特殊性がくっきりする。国別高齢化率の推移で日本は約30%と、都市国家モナコを除けば実質的な世界一。1960年代には6%未満の「若い国」だったから、世界最速の駆け上がりだ。一方で一人あたり医療費を見ると、日本は年約4,500ドルと、12,000ドルを超える米国の3分の1程度の支出で平均寿命世界トップクラスを維持している——支出効率で見れば、日本の医療は世界的な優等生でもある。ただしこの「安さ」は公定価格で医療費を抑えてきた制度の産物でもあり、対GDP比では既に11%を超えて世界トップクラスに達している。支出をさらに積み増して医師を増やす余地は、財政的にはそれほど広くない。つまり問題は「医療の量や質」そのものではなく、需要と供給の伸びの非対称にある。団塊の世代が全員75歳以上となる「2025年問題」の節目を通過したいま、需要側のカーブはこれから最も急な区間に入る。しかも同じ道を、日本より速いスピードで韓国が追いかけており(2040年代に高齢化率で日本を抜くという推計もある)、この非対称は日本だけの問題ではなくなりつつある。高齢化は一過性の波ではなく、医療供給の設計図そのものを各国が問い直される長いテストになっていく。編集部としては、この構造は単一の統計では見えず、分子(医師数)・分母(高齢者数)・支出(医療費)の3枚を重ねて初めて輪郭が浮かぶことを、今回の独自指標づくりを通じて改めて実感した。数字の増減に一喜一憂する前に、何で割った数字なのかを確かめる——それがこのテーマの読み方だと思う。
この記事で参照したランキング
- 都道府県別 高齢者10万人あたり医師数の推移(Ranking Atlas 算出)
- 都道府県別医師数の推移
- 都道府県別高齢化率の推移
- 都道府県別病床数の推移
- 国別高齢化率の推移
- 国別一人あたり医療費の推移
- 国別平均寿命の推移
出典: 総務省統計局「社会・人口統計体系」I6100 医師数(原典: 厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」、2年ごとの届出集計)・A1303 65歳以上人口。高齢者10万人あたり医師数は Ranking Atlas の独自算出(算出式はデータポリシー・方法論に開示)。世界比較は World Bank(SP.POP.65UP.TO.ZS ほか、CC BY 4.0)による。数値はいずれも当サイトのランキングデータ(2026年8月取得)から引用。