2023年、妊娠や出産に関連して亡くなった女性は世界で約26万人。1日700人を超え、ほぼ2分に1人という規模である。それでも長い時間軸で見れば、出産は確実に安全になってきた。新しく公開した国別妊産婦死亡率の推移では、最新年に値が高い30か国の平均が1985年の出生10万人あたり1,183から2023年の437.77へ、38年間で約63%下がっている。本稿ではこの逆向きに縮むランキングを軸に、何が母親の命を救い、なぜ改善が届かない場所が残るのかを読み解く。

10万人あたりに直して初めて見える差
妊産婦死亡率は、妊娠中または妊娠終了後42日未満に、妊娠やその管理に関連して亡くなった女性の数を出生10万人あたりで表す。単なる死亡数ではなく出生数で割るため、国の人口規模に左右されにくい。2023年のランキング首位はナイジェリアの993で、出生約101件につき1件に相当する。続くチャドは748、中央アフリカ共和国と南スーダンは692。一方、WHOの推計では高所得国平均は10で、低所得国平均346との間に約35倍の差がある。同じ「出産」という出来事でも、医療へ到達できる場所かどうかで危険度がまったく違う。分母を出生数に置くこの指標は、国別合計特殊出生率の高低とは別に、1回の出産がどれほど安全かを測る物差しである。
38年で縮んだバー、縮まらない格差
改善の大きさは、1985年からチャートを動かすと分かる。南スーダンは3,845から692へ、アフガニスタンは2,232から521へ、エリトリアは1,678から291へ下がった。エリトリアの順位は5位から24位、シエラレオネは6位から20位へ落ちる。この表では順位が下がることが良い知らせだ。WHOも世界全体の妊産婦死亡率が2000年から2023年に約40%低下したと報告する。しかし同じ2023年、全死亡の約92%は低所得国と低中所得国で起き、サハラ以南アフリカと南アジアだけで約87%を占めた。5歳未満児死亡率でも高負担国が同じ地域に集まるのは偶然ではない。母親と子どもの生存は、診療所、水と衛生、栄養、交通、教育という共通の基盤に支えられている。

命を救ったのは、発明より「間に合う仕組み」
WHOによれば、妊産婦死亡の約75%を占める主な合併症は、出産後を中心とする大量出血、感染症、妊娠高血圧症、分娩の合併症、安全でない中絶である。対処法の多くは既に知られている。出血には子宮収縮薬と輸血、感染には衛生管理と抗菌薬、子癇前症には早期発見と硫酸マグネシウムが効く。難題は治療法がないことではなく、異変から数時間以内に使える人・薬・設備へ届くかどうかだ。高所得国と上位中所得国では約99%の出産に訓練を受けた助産師、医師、看護師が立ち会うのに対し、低所得国では73%、低中所得国では84%にとどまる。一人あたり保健医療支出の金額だけでは、夜間の搬送路、血液在庫、地域の助産師まで測れない。出産を安全にしたのは高度な機械一台ではなく、必要なケアを時間内につなぐ保健システムだった。
教育と紛争が、診察室の外から数字を動かす
医療施設の外側にある条件も大きい。WHOは、所得、教育へのアクセス、ジェンダー不平等が受診を妨げる社会的要因だとする。学校で健康情報を読み、受診の必要を判断し、家族内で意思決定できる力は、妊娠前から安全を左右する。中等教育就学率を母子保健と並べる意味はここにある。さらに2023年、紛争または制度・社会的脆弱性を抱える37か国は世界の出生の25%しか占めないのに、妊産婦死亡の61%を占めた。診療所が壊れ、医療者が避難し、道路が閉ざされれば、知っている治療も使えない。新ランキングでナイジェリアが10位から1位、チャドが14位から2位へ上がったのは値が悪化したからではなく、低下の速度が周囲より遅かったためである。進歩から取り残されること自体が、順位を押し上げる。
2021年の逆戻りが示した脆さ
改善は一直線ではない。新ランキングの上位30か国平均は2019年の524.07から2020年503.57へ下がった後、2021年に513へ上がり、2022年457.03、2023年437.77へ再び低下した。WHOの世界推計でも妊産婦死亡数は2020年の28.2万人から2021年に32.2万人へ増えた。新型コロナ感染が妊娠に重なった直接的影響に加え、移動制限や医療資源の逼迫で、本来なら管理できた合併症への対応が遅れた可能性がある。翌年には低下軌道へ戻ったが、平時に機能していた仕組みが危機で途切れると数字がすぐ反応する。編集部でチャートを年次送りすると、長期の改善よりも、その途中に残る短い逆行が保健システムの脆さを際立たせる。
2030年の「70」は、順位より遠い目標
SDG 3.1は、世界の妊産婦死亡率を2030年までに出生10万人あたり70未満へ下げる目標を掲げる。2023年の世界値は197で、WHOは達成に年率約15%という、国レベルでもめったに実現しない低下速度が必要だとする。新ランキング30位の241でさえ目標の3倍を超える。けれど対策の方向は明確で、熟練者の立ち会い、緊急搬送、輸血・薬剤、家族計画、女子教育、そして危機時にも途切れない基礎医療を同時に届けることだ。その改善は平均寿命にも表れる。妊産婦死亡率は女性だけの指標ではなく、社会が最も時間制約の厳しい医療を誰にまで届けられるかを測る指標なのである。
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出典: World Bank「Maternal mortality ratio (modeled estimate, per 100,000 live births)」(SH.STA.MMRT, CC BY 4.0) を当サイトが整形したランキングデータ、WHO「Maternal mortality」(2025年4月7日更新)、国連「Sustainable Development Goal 3」による。妊産婦死亡数、地域・所得階層別割合、主な合併症、熟練医療従事者の立ち会い率、紛争・脆弱国の比率、COVID-19期の推計、2030年目標はWHOおよび国連の公表値を参照した。