科学はどうやって「論文」になったのか — 学術誌360年と知の重心の移動

2023年、世界で発表された科学技術論文は約327万本にのぼる。1665年にこの「論文」という形式が生まれたとき、それは数人の学者が回し読みする小さな冊子にすぎなかった。新しく公開した国別科学技術論文数の推移では、1996年に9位だった中国が2017年に米国を逆転し、2023年には世界の3割近くを1か国で生み出すまでになった様子が見える。本稿では、科学が論文という単位で数えられるようになった360年の歴史と、その数字が示す「知の重心」の移動を読み解く。

世界地図の上を紙のページが渡り鳥の群れのように西から東へ飛んでいく様子を描いた水彩とインクのイラスト

1665年、パリとロンドンで生まれた形式

最初の学術誌は1665年1月5日にパリで創刊された「ジュルナル・デ・サヴァン」である。文筆家ドニ・ド・サロが編んだこの週刊誌は、新刊書の紹介とともに実験や観察の報告を載せた。わずか2か月後の同年3月、ロンドンでは王立協会の事務局長ヘンリー・オルデンバーグが「フィロソフィカル・トランザクションズ」を創刊する。こちらは現在も刊行が続く、世界最古の科学専門誌だ。それまで研究成果は分厚い書物か私信で伝えられていた。雑誌という形式は、発見を小さく速い単位で公表し、誰が最初に何を見つけたかを日付つきで登録する仕組みを科学に持ち込んだ。以後の科学は、この「論文」を積み木として組み上がっていく。

数える科学 — 1964年のもう一つの発明

論文を国別に「数える」営みは、形式の誕生からずっと遅れて始まった。1955年に情報科学者ユージン・ガーフィールドが引用索引の構想を発表し、1964年に613誌・約140万件の引用を収めた「サイエンス・サイテーション・インデックス」を刊行すると、論文と引用は初めて集計可能なデータになった。どの国がどれだけ論文を出しているかという統計は、この索引化の延長線上にある。本ランキングの原典である米国科学財団の統計も、収録誌データベースに基づいて物理学から臨床医学までの論文を数え、複数国の共著は所属国に按分している。研究開発への投入を測る国別研究開発費(GDP比)の推移と対になる、産出側の物差しである。

蝋燭の灯りの下で手紙に封蝋を押す17世紀の学者を描いた水彩とインクのイラスト

重心は東へ動いた

その物差しが捉えた四半世紀の変化は劇的だ。1996年の首位は米国の313,392本で、2位日本88,807本、中国は33,621本の9位にすぎなかった。中国は2005年に165,262本、2010年に307,848本と駆け上がり、2016年に430,350本で米国431,808本へ肉薄、2017年に逆転した。2023年には932,712本と、米国430,843本の2倍を超える。編集部でチャートを1996年から年次送りすると、2010年代半ばに中国のバーが軸の伸び方ごと画面を作り替えてしまう瞬間がはっきり見える。インドも18,905本から228,174本へ増えて3位に定着し、2016年には日本を追い抜いた。イラクは229倍、インドネシアは128倍、イランは85倍という急伸で、研究出版はもはや一握りの先進国の営みではない。この裾野の広がりは、国別高等教育就学率の推移国別教育費(GDP比)の推移が示す教育投資の拡大と地続きである。

動いたのは首位争いだけではない。韓国は8,867本から71,724本へ増えて17位から9位に上がり、ブラジルは7,646本から58,292本へ、トルコは5,041本から50,180本へ伸びた。ロシアは1996年の34,672本から2010年の33,835本まで14年間ほぼ横ばいを続けた後、2023年に85,558本へ急増するという他にない軌跡を描く。上位30か国の合計は882,031本から2,864,524本へと3.2倍になり、世界の研究出版そのものが四半世紀で桁を変えた。

日本の停滞と、数字が測らないもの

対照的に日本は、2006年の112,743本をピークに減少へ転じ、2023年は96,543本で6位まで下がった。27年間の伸びは1.1倍で、収録30か国中もっとも低い。ただし論文数は量の指標であり、被引用の影響度や研究の質は別の物差しで測る必要がある。収録誌データベースの範囲に左右される点や、英語誌中心の集計になりやすい点も割り引いて読みたい。それでも、発見を論文として登録し、審査し、数えるという1665年以来の仕組みが、いま世界の数十か国を競争へ引き込んでいることは数字の上で動かない。論文が特許となり製品となって国境を越える先の姿は、国別特許出願件数(居住者)の推移国別ハイテク製品輸出額の推移で追える。そして投稿も閲読もオンラインが当たり前になった今日、その足元を支えるのは国別インターネット利用率の推移が描いた接続の普及である。

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出典: World Bank「Scientific and technical journal articles」(IP.JRN.ARTC.SC, CC BY 4.0、原典は米国科学財団 Science and Engineering Indicators) を当サイトが整形したランキングデータによる。世界の論文総数は同指標の世界集計値を参照した。ジュルナル・デ・サヴァン(1665年1月創刊)とフィロソフィカル・トランザクションズ(同年3月創刊)の経緯は History of Information および SciELO の刊行史解説、サイエンス・サイテーション・インデックス(1964年、613誌・約140万引用)はクラリベイト社の ISI 沿革資料を参照した。